2011年10月24日月曜日

2004年10月23日以降

昨日で新潟県中越地震から7年経ちました。




色んなとこで「今年の3月11日を境に、すべての日本人の考え方が変わった」ことにされてるけど、ワタシの中では、災害に対する考え・心の持ち様が劇的に変わったのは2004年だったように思います。もちろん今年の震災でも大きく、今までに無いショックを受けたのですが、何というか、高校生だった当時に比べ、今日に至る事後の世の中を一歩引いて見てこれた気はします。




2004年の新潟県は地震だけでなく、夏季に豪雨による水害もありました。
高校で所属していた部活において、顧問の計画・引率のもと、被災現場の援助に参加する機会があり、土砂で埋まった家屋の撤去作業などを微力ながら手伝わせていただいたことがあります。津波の被害とは比べられるものではありませんが、自分が直接の被災者であれば途方に暮れるような光景でした。災害における被災現場の原体験として、強く記憶に残っています。




その数ヶ月後に震災が重なったものですから、「何故に新潟だけ…?」と、現場を見てきただけに、やりきれない気持ちにかられました。実家が下越なので生活に支障はありませんでしたが、一応余震の恐怖に襲われながらも、被災者でもなく、しかし決して無関係ではいられない状況に、災害との物理的・精神的距離感を突きつけられた年でもありました。




おそらく、今年の震災で多くのひとが「災害との距離感」に苛まれているのだと思います。
もしくはその距離を縮めたり伸ばしたり、各々でやられていることと存じます。ボランティア(災害直後に使うには呑気そうで好きな言葉じゃないです)に積極的に参加するとか、逆に日常生活に楽しいことを見つけて、どうにかネガティブな感情を排除したいとするなど、色々あるでしょう。




そういったことのすべてを、幸か不幸か、2004年以前以降という形でくっきり分かれて考えるようになりました。なもんで、前述した「今年を境に~」という感覚で生きてはいないことを表明しておきます。






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これだけ大きな災害が起きてしまったのに、被災者とは悲しみを共有できないでいる、苦しみを取り除いてあげられない、そういった実状に悩んでいるのは、アナタだけではありません。その感情は自然ですし、単なる同情ではないでしょう。だから、何も出来ないと卑下しないでください。考え続け、考え続け、考え続け、考え続け、その先に見えたものを掴んでください。きっと誰かの助けになるはずです。




すべての支援活動が、今年のみの救いに終わらないことを願って。

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