2012年2月16日木曜日

『サウダーヂ』および空族作品雑感

今更ですが…
本当に今更ですが、空族(くぞく)制作・富田克也監督『サウダーヂ』を観てきた際の感想でも書こうかと。二回観てきました。同じ作品を二度劇場で観るのは、人生初の体験。圧巻の作品でした。



予告編



昨年から各所で絶賛の声が上がってて、そういう邦画があることは知ってました。んで、『地方都市』『Hip-Hop』というキーワードに惹かれたこともあり、また空族の作品はDVD化されないとの情報をキャッチしたこともあり、普段ほとんど映画を観ないワタシですが重い腰をあげました。なんて現金なヤロヲだ!とはいえ、とにかく絶賛してる人らの賞賛の熱量がまず半端ではなく、DVD化されないことも含めて「これは今観ておかなきゃいけない」気持ちが強くなったんですよね。




前提として、まずワタシの場合、当作を観た大勢の方とはおそらく少し条件が異なります。
決意した時点で、もう公開してるとこが限られてたんですよ。そのうちの一つが横浜にある『ジャック&ベティ』というところでして、(これ書いてた)現在、そちらの劇場で空族特集上映も行われていました。幸運にもそちらの上映にも時間を割けたので、事前準備(予習?)として『FURUSATO2009』『RAP IN TONDO』も観てきました。前者は山梨県甲府市の、後者はフィリピンの首都・マニラのトンド地区の実態(暮らす人々の生の声)をフィルムに収めています。




どちらもドキュメンタリー作品で、特に『FURUSATO2009』は『サウダーヂ』のイントロダクションとしての機能も果たしてます。出演している山梨県民の方々もそのまま『サウダーヂ』に引き継いで出てたりしてて、情報を補完した体勢で『サウダーヂ』に臨んだわけです。結果として、説明を一から十まで、というスタイルを取ってない当作をより濃密に、よりリアルに楽しめました。




加えて、『サウダーヂ』後に『国道20号線』も観ました。こちらはより「地方の風景」に焦点が当てられていて、映像自体がセリフよりも雄弁にコチラに訴えかけてくる、パンチの強い作品でした。ラストのLFB『最後の立体的な太陽』が流れるとこも最高。




これから『サウダーヂ』を観た雑感を書きます。
上記の体験をした人間の感想、ということを念頭に入れて目を通して頂ければと思います。あくまで雑感です。レビューではありませんし、そんな大それたことは出来ません。ご高名な方々がちゃんとした評論をなさってますので、賢くて鋭利な評論文を読みたい方は賢豪のお歴々のページにあたって頂きたいです。また、「もう観た人」の為に向けて書きますので、ネタバレを回避したい方は戻るボタンです。「***」線の部分がネタバレに当たると思いますので、感想の要旨まで飛びたい方は2本目の「***」線下部までスクロールしていってください。




※以下、ネタバレ注意!






















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◆地方




まず、何よりも地方都市で育った身としては共感する部分が非常に多かったです。
共感、というのは色んな感情を含みます。親しみや同調だけでなく、自戒や憂いといったものも。作品に自分の想いを一部代弁してもらったような気分になり、観終わって清涼感を感じたくらいです。とはいえ、中心街の空洞化を始めとして、故郷と重ね合わせて真剣に捉えられる問題が多かったせいで、基本的には提示されているメッセージや現に起こってる問題にリアルな危機感を抱えながら観てましたね。「対岸の火事ではない」との警鐘と受け取りました。




余談ですが、劇中にある(=実際にある)ブラジル移民の団地ほどではないにしろ、実家近くにも外国人のコミューンがあったような気もします。気だけ。特別表立ったトラブルも聞かれなかったし、あまり実態について詳しくはないのですが。ワタシが近所のニュースに疎すぎるだけかもしれません。今はどうなのかな。そういうことも思い出しましたり。いつか中学の友人に確認をとってみたいです。




ワタシの地元の環境は、例えば『国道~』で度々映ったドンキ・消費者金融・パチンコが軒を連ねる景観とは異なります。故に『国道~』も観て良かったというか、『サウダーヂ』の補完ができたカンジですね。もちろん作品単体としても最高でしたし。




高校の頃、部活の日帰り遠征なんかで北関東に行くことが多々ありまして、マイクロバスの車窓から眺めていた風景、降り立ってカラダで味わった感覚から、群馬や栃木、埼玉なんかがそうでしたが、北関東における郊外の雰囲気と地元におけるそれとでは、少なからず違うものを感じてはいたんです。『FURUSATO~』や『国道~』を観てそれを思い出したのですが、気候にも依るのでしょうか、向こうは寂寞感が乾いている、というのを印象として抱えていたのだなと。良い悪い好き嫌いの話じゃなくて、質感の違いです。まぁ、実際に乾燥がキツくて喉とかやられましたけどね。特に前橋。




なもんで、1から10まで「お前の言いたいことはわかる」とは言えないんですけど、生活環境が違えど各々の住む(住んでいた)街と重ね合わせながら『サウダーヂ』を観たことと思われます。地方の中心街・郊外が内包している荒涼は誰にとっても無関係ではいられないことを再確認し、加えて新たな切り口、異なる立ち位置から問題を捉えることが出来ました。地方の実態を無視して暮らすことは可能ですが、少なくともワタシは表層だけを切り抜いてアイコラした日本を生きたいとは思いません。




◆音楽


空族作品は共通して音楽がカッコよかった!
これだけで劇場に足を運ぶ価値があると考えています。「音楽」といってもアーティストの楽曲やBGMだけでなく、『サウダーヂ』に関しては土建たちの作業音やマリファナ吸引してるシーンなど、ワタシたちがすぐに思い浮かべる「音楽」以外の音すらもリズムであり、メロディを奏でているかのようでした。これは映像でしか成し得ない音楽表現だなと、映画をあまり観ない自分は関心しました。ポップスだったりテクノだったり、はたまた民族音楽でも拍数の囲いの中で(モノによってはある程度の逸脱・跳躍はすれど)表現が型どられるわけですが、環境音は私たちが認識するところのリズムの制約や間を超越して歌っている」音楽だと気づかされました。




もちろん楽曲郡も最高でした。
クライマックスのBOOWY『わがままジュリエット』が流れるシーンは言わずもがなですし、あのシーンでこの楽曲にハマり、ついでにBOOWYにもハマりそうな自分。そして何と言っても作品のエンターテインメント性を押し上げる アーミーヴィレッジ a.k.a stillichimiya のライヴシーンはアガりました。劇場でカラダを揺らしたくてしょうがなかった。座席でウズウズと指リズムで我慢。




そいうえば。
stillichimiyaとメンバーのソロ作品の販売元となっている桃源響RECORDSのことは時雨 with 東ヨットスクールでしか知らなかったんで、これを機にさらにチェックしてみたいです。




常田高志監督『タケオ ダウン症ドラマーの物語』を観たときも感じたことで、劇場の音響で音楽を聴くのは、一種のライヴみたいなもんです。音楽目当てで足を運ぶのもアリじゃないかと。ワタシはの場合、音楽的な魅力に惹かれて作品を選ぶことが多いので。


※『タケオ』についての記事はコチラから




◆移民


猛(田我流)にブラジルチームとのHIPHOPイベントの企画を持ちかけた、まひる(尾崎愛)の観念的なグローバルコミュニケーション思想の一端には、自分にも当てはまるところがあり、鑑賞後は自戒の念も生まれたり。というのも、広く浅くではありますが、ワタシは米英以外の外国音楽もよく聴くためか、または海外サッカー観てるせいか、やっぱり人種とか関係ねーぜ、お互い通じ合うものがあるっしょ、と勝手に人類みな兄弟、てな風に捉えてた節があったわけです。




カウンターカルチャーという「HIPHOP」と「カポエイラ」の(表層的な)共通点を拠り所に、アーミーヴィレッジとスモールパーク、つまるところ日本人もブラジル人も分かり合えると妄信していたまひるに、気づけば自己投影していました。自分もポルトガル語とかスペイン語など、ほとんどの日本人に意味が通じない歌詞(まひるの場合はブラジル人と会話してましたが)で歌われる曲に「わかんないけどヤベー」ってなって広めたくなる気持ちはすごくあります。言語や文化を越えて音楽でひとつになりたいといった気持ちです。ちなみに、ワタシは音楽活動を一切やってませんが。



しかし、劇中では言葉がわからない為にディスコミュニケーションが生じ、結果的に傷害事件にまで達してしまった。「理解できない」ことをしっかり認識しないうちに人種や言語、文化の壁を超えることなど出来ないというモデルを提示されたことは、当作鑑賞に際して学んだことのひとつとして強く脳裏に刻まれました。声高に「手を繋ごう」「ひとつになろう」とわめくのではなく、相手と自分は考えや価値観が異なり相容れないこともある、という前提の上で、初めて外国文化とのコミットをスタートせねばならんとも思いました。




というか、当作(=甲府市の移民)におけるブラジル人、タイ人、フィリピン人にしても歴史背景や経済の絡みで移住「せざるを得な」かったり、逆に帰る必要が出てきたりで、ワタシを含めた「多文化は大事だ!異文化理解しよう」な日本人(もちろんそうでない人も多くいます)とはスタンスに開きがありすぎます。異文化理解の名目でなくとも、漠然とした南国への憧れに批評性をもってストーリーが展開していったのは、変な意味じゃなく感心しました。精司(鷹野毅)が「I hate money!!と吐き、それに対しミャオ(ディーチャイ・パウイーナ)が「I want money!!」と突き付けたシーンがすべてだと思います。移民については『FURU~』を観ればさらに理解が深まるでしょう。あと、こんなこと書いてないでさっさとパスポート作れ自分。








全然関係ないんですが、このことを書いてて、アルベール・メンミ著、 菊地昌実白井成雄









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◆まとめ




長々と書いてしまいましたが、結局のとこ、観てない人は観れる内に!の一言です。
作品から提示されるメッセージはノンフィクションの部分が多く、説得力と切迫感は相当のモノがありました。ストーリーでは様々な登場人物がある程度リンクするものの、それぞれに明確な答えが提示されないため、収束や劇的エンディングなどのエンタメ性を期待して観るのはちと辛いかもしれません。鑑賞後に受け手が色々と考える、考えずにはいられないほどに強烈な作品です。こう書くと社会派のむつかしい映画と捉えられかねませんが、劇場全体でクスリ笑いが起きるようなコミカルなやりとりも散見され、何より主人公の一人である精司が街を歩くクライマックスシーンは胸を揺さぶるほどの破壊力がありました。








大都市に暮らすひとにも伝わるような作りになってはいますが、地方都市に在住経験のあるひとには特に必見。地元用にも宣伝しとくと、新潟では4月7日(土)から27日(金)までシネ・ウインドで公開予定だそうです。








『サウダーヂ』を観終わったら、他の空族作品もチェックしてみることをオススメします。
ワタシが観た数作は、すべて『サウダーヂ』とリンクしていました。ただ、実際問題どこの劇場がいつ企画してくれるかはわかりません。情報をキャッチしたらなる早で観に行った方が良いですね。








最後に一つ注意。
上映時間が長い(2時間半以上)ので、必ず始まる前にトイレに行っトイレ!ガチで!
ワタシは初回のラスト30分前くらいから尿意がこみ上げてきて、まぁ我慢しきったものの、正直その消化不良を解消しに2回目行ってきた、というのが半分あるので、皆様におかれましても万全のコンディションで臨んでください。








あ、もう一つ。
富田さんと相澤さんのトークショーでは、次回作の話題にも言及されていました。どうやら『サウダーヂ』の前後日談的な内容らしく、記憶力が悪くて思い出せないのですが、タイもしくはフィリピンでの活動を行う(行なっている)ようです。『RAP IN TONDO』絡みなのでしょうか。いずれにしても楽しみですね。期待しております!

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