2012年3月15日木曜日

ワタシのアパート事情

またしてもお隣さんから御裾分け頂いてしまった!しかもロゼのワイン温めてくれたとか申し訳ないくらいに豪華!優しさなんてレベルじゃないwwいつもスイマセン!




とまぁ、こんな調子で一年に4回くらい、アパートのお隣さんから料理やお酒を分けていただいてます。
「余っちゃったから」とは仰るものの、いつもながら本当に美味しい食事をご馳走になっており、そろそろお返しも考えねばと思うこの頃であります。




現住所に越してそろそろ6年目に入りますが、同じ時期に入居された方なんです。母より5年くらい人生経験の多そうな女性。トーキョーでの暮らしが平穏なものとなっているのは、1にも2にもお隣にその方が住んでるからこそもたらされる生活なのだなと実感しきりです。




お隣さんについて深く事情は知らないし詮索など微塵もする気がないですし、これからも同じです。
このアパートに入居したことが、上京に関して自分にとっての最大の成功だと確信してます。モノを恵んでもらってるから言ってんじゃないです。お隣さんにどういった方が住んでるかによって、ファーストプレイスである自宅での暮らしがある程度決まっちゃうから。




何年か前に手紙で感謝の意を伝えたことがあったのですが、その返信に「アナタのような普通(悪い意味じゃなくて。ワタシの退屈な人間性と人畜無害な様を言葉を選んで表現してくださったのだと解釈してます)の人が居てくれることで、とても安心して暮らすことが出来ています」といった旨が記されていました。




それはコチラも同じことですし、前述の通り御裾分けまで頂戴してしまってるわけで、まさかトーキョーでこんなことがあるなんて思ってもみなかったから、ワタシは感謝してもしきれないくらい、お隣さんの存在は大きいです。




昨年の震災以降(ワタシにとっては04年の震災以降ですが)、人との絆をカタチだけ強調する言葉が流布しています。遠くの顔も知らない誰かに向けて、もしくは対象すらもよくわからないまま発されてたり。




こういうことに絡めるのはフェアじゃないかもしれませんが、ワタシは身近にある大切な存在から目を背けたくはないです。身の回りに対する感謝が出来ずに、遠くの誰かを身を案じる資格があるでしょうか?




そういうことだから、まずは深夜とか早朝に海外サッカーを観て雄叫びを上げるのを少しでも抑えようと努力したいと、温かいワインを口にしながら胸にそっと誓うのでした。




ともかく、居住環境は家賃と街並みだけで決まるものではないんだってことですね。

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